2023年02月14日 [院長コラム]

昨今のアライナー(マウスピース)矯正の問題で思うこと

今から３５年ほど前、私は大学を卒業して矯正科の医局に入局しました。「専攻生」という肩書きで、お給料は無給でした。矯正の専門的な知識を学生の間に身につけることは難しいので、引き続き教えてもらう立場を続けました。

これから矯正医として身を立てていくため自ら選択した道ではありますが、６年間の学生生活に続き、さらに最低２年間はお給料をもらえない状況が続くのはなかなかキツかったです。

そこで、収入を得る手段として行われるのが歯科医院でのバイトです。よく、「月何回か矯正の先生が来ています」といった話を聞いたことがありませんか？あれです。歯科医院で矯正を担当している医局の先輩の先生に、お手伝いとして連れて行ってもらいました。

使っていただいた先生には今でも感謝しかありませんが、いわば下請けの下請けみたいなものなので、そんなに大きなお金になるわけではありません。そのうちに、『これ自分で始めちゃった方がいいなぁ』という悪魔のささやきが聞こえてくるのです。

卒後１年程度しか経っていない歯科医師が、誰の指導も無くまともな矯正治療が出来るかといったら、これはもう絶対に不可能です。でも、そういう時って冷静な判断が出来なくなっているのですよね…。

医局に出入りしている矯正材料メーカーの人をつかまえて、自分で矯正のバイトを始めたいので諸々道具や材料を購入したいと話しました。向こうとしては売上になるので話がサクサク進むのかと思ったら、言われちゃったんです、その人に。

「先生、今の技術でちゃんとした矯正を患者さんにしてあげられるの？」

ぶん殴られた感じでした。自分の勘違いを、思いっきりたしなめられたのです。

本当に屈辱的な経験ではありましたが、その人の指摘は完璧に当を得ていました。

その方は今ではその会社の社長さんになっていますが、決して謙虚さを忘れてはいけないと教えてくれた恩人であり、今も心から感謝しています。

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さて、この度アライナー矯正に関わる集団訴訟がおこりました。ネットに沢山の報道が出ていますので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。。

私は当事者ではありませんので詳細についてはここでは触れません。
が、一つ言えることは、こういった詐欺まがいの行為に加担する歯科医師は、矯正治療に関する正しい知識や経験・技術、そして何より大切な倫理観など何一つ持ち合わせていないだろうということです。

しかしそんな歯科医師でさえ、『信頼に足る人間である』と世間に信じられていました。
彼らは信頼できると、そこに十分なお墨付きを与えていたのはアライナーを製作、供給するメーカーです。

このメーカーは患者数（アライナー注文数）に従ってドクターを序列します。そして、注文数の多い上位のドクターには『日本に〇人しかいない○○〇プロバイダ』みたいな称号（？）を与えるのです。今回関与した一部の歯科医師は、そういった称号を持っていたようです。

ここで気を付けていただきたいのは、アライナーを発注した症例数と歯科医師の技術は比例するものではないということです。そしてメーカーは、自社のアライナーを使用している患者さんがちゃんと治っているかなど、当たり前ですがいちいちチェックしていません。

もし、それまで矯正に関する専門的なトレーニングを受けたことがなく、アライナーを注文する資格を得るための認定セミナーにだけ出席したドクターが、メーカーにアライナーを注文したとして、私が昔言われたように「今の先生の技術でちゃんと患者さんを治してあげられるの？」と諫められる人間がそこにいれば、今回のような被害は生まれなかったのかもしれません。

まあ、考えるまでも無く、そんなことを言える人はいないのでしょうけど。

でもそれでは、ドクターとメーカーの関係は健全であるとは言えないように思えます。悲しいかな、割を食うのはいつも患者さんです。　

ただし、これは強調しておきたいのですが、メーカーのアライナー製造技術自体は本当に精度の高い、優良なものです。また卓越した矯正の技術をお持ちになり、真剣にアライナー矯正に取り組んで素晴らしい結果を出されている歯科医師は少なからずいらっしゃいます。私も学会等で講義を拝聴し、尊敬の念を覚えることもしばしばです。

でも、現在日本でアライナー矯正を手がける歯科医師の数を想像するに、これら優れたドクターの割合は極小であると感じざるを得ません。

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最後に、

・モニターになってくれれば矯正治療を実質無料にします
・２万円からはじめるマウスピース矯正　等

こういったことは、まともな矯正歯科医療を提供しようとしている施術者には絶対あり得ない発想です。酷い健康被害を負うリスクもありますので、くれぐれもそういった話には乗らないようにしてください。

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